中学時代 ②
中学2年生は地獄の寮生活だったが、学校へも通わなければならない。
転校した中学は「足立第14中学校」だった。
転校した初日、自分の席がわからず、後ろで黙って立ちすくんでいた。
まるで全人類が敵のような気分だった。
緊張している心が体に影響する。(おしっこしたい・・・)
勇気を出して、一番だれとも仲良くしているように見えた、男子生徒に声をかけた。
「しょんべんひりちゃ〜だけん、べんじょどこにあるだい?」
その一瞬、クラス生徒全員の動きが「ピタッ」ととまり見事に静止する。
次の瞬間、クラス生徒全員のかおが「ビャコッ!」とこっちを見た。
何がなんだかわからない私。数秒後、気まずそうに顔をもとに戻す女生徒。
次々に近づいてくる男子生徒。
「え?いまなんていった?」と聞かれ、「だから、しょんべんひりちゃあだけんべんじょどこにあるだいって」
と、よせばいいのにもう一度言う私。
男子生徒の大爆笑。赤面する私。(全員殺してやる)追い詰められた虎は反旗をひるがえす。
「何笑ってんだよ!」と目の前の生徒を突き飛ばした。相手は覚えていない。
しかしそこで「こっちだよ」と、私の使い込んだ静岡弁を理解してか知らずか、トイレを案内してくれた生徒がいた。
彼の名は「高草木 博」さん。それ以来、私の大切な少ない友人の一人だ。
現在オハイオ在住。アメリカに渡って、すでに20年近くが経つ。
もう一人の友人に「岡本英活」さんがいる。彼は現在インド在住の商社マンだ。転校早々にピンチに立たされた私を、二人は本当によくしてくれた。
それぞれ私が転勤先の住所などを知らせずにいたせいで、連絡が取れなくなり、アメリカの住所も紛失。
その為Facebookuが登録したと言うわけだ。めでたくロックオン!
ひろしも岡本も、英語はペラペラ。岡本はヒンズー語も完璧だ。
そして二人とも日本にいない。
Facebookへの登録は、娘が受験勉強で英語がわからないと嘆いているのを見て、二人を思い出したのがそもそものきっかけかもしれない。
43歳の私。学生時代には、海外でホームステイを繰り返した。そのおかげでちょっと片言の英語が話せた。
しかし今は完全にその記憶は消えた。
英会話教室に行こうかな。最近は英語を話せない人の方が少ないような気がするほど、時代が変った。英会話教室。月謝4万円だって。
経費かかるなあ〜。(家計的に無理だな)