竹男

中学で寮生活になって以来、中学、高校と友人が少なくなった。

富士にいた頃は、小学校からの延長で、中学に入ってからも友達は一緒だったし、幼馴染といってもいいような友達ばかりだったから、沢山の友達がいた。

しかし、転校すると微妙に変わる。

初めて会う人ばかりなので、どうしても仲のいい友達に限定していく傾向がある。

年齢的なこともあったのかもしれないが、高校に入ってからもその傾向があった。

高校のクラスに「吉田竹男」さんという男がいた。

彼は野球部で4番サードというエリートだったのだが、練習嫌いで、厳しい監督とそりが合わず、退部してしまった男だった。

学校も良く休んだ。両親が共働きと言う事もあってか、朝から留守で、彼の通学を見守る人がいなかった。

高校3年の卒業を数ヶ月に控えたある日、担任の宇田川先生が、久しぶりに学校へ通学してきた竹男に、「出席日数が足りない、あと1日でも休んだら卒業できないぞ」と言った。

彼は私の少ない友人だった。

私は、クラスに同じ水泳部もいなかった為、野球部出身の竹男といつもつるんでいた。

高校時代のクラスの生徒は、みんないつもバイクの話や遊びの話だ。毎日朝から晩まで練習漬けで、時間も休日も、自由にならない私は、同世代の若者とはまったく話が合わなかったし、むしろ彼らを馬鹿にしていた。

マチュアスポーツのなかでも、水泳という完全な個人競技である私は、ある意味特別負けず嫌いで、普通の高校生の価値観や生活とは合わなかった。

そんなとげとげしい私の性格に、フランクに付き合ってくれる友人は少ない。

そんな中、私は竹男という友人を得る事ができた。彼の思いやりもあったかもしれない。

付け足せば、隣の席だった「武内りさ」さんも、少ない友人の1人だったが、15年後、彼女は私の妻となる。

ある日の朝、教室で着くと、竹男がいない。あと一日休むと卒業できないのに。1時間目の授業が始まっても来ない。

2時間目、3時間目と、待っていたが一向に現れない。

意を決して隣の席の武内(妻)に、ちょっと付き合ってくれとお願いし、3時間目の休み時間に、2人で学校を抜け出した。竹男を連れてこよう。

一度だけ行った事がある竹男の自宅に、2人で向かう。

家に行くと、案の定竹男がいた。

武内と一緒に学校へ行くよう説得する。


『もう同じだよ、行きたくねぇ』
と竹男が言う。



無理やり腕を掴み、嫌がる彼を起こして着替えさせ、学校へ向かう。欠席さえしなければ、遅刻だったらまだ平気なはずだと聞いていたから、とにかく学校へ行かせなければならない。
心配していたのは私だけではなかった。実はクラスの皆も同様に、竹男の最後の欠席を心配していた。

私と違って、竹男はクラスの人気者だったし、野球部の皆も、彼の出席日数を気にかけていたのを覚えている。

私と武内と竹男。奇妙な3人の組み合わせで学校へ戻ってきた。

案の定、クラスは、突然消えた私と武内に大騒ぎだった。

当然のように担任の宇田川先生は私達3人を職員室へ呼び出した。



「勝手に学校を抜け出すとは何事だ。許される事じゃないぞ。停学に罰せられる事だぞ」
と今にも殴りかからんとする。

私が学校を途中で抜け出した事は事実だ。だから何も言い訳できない。竹男のことは口に出すべきじゃないと考えながら、武内を見る。彼女も同じ気持ちだったろう。

「何故なんだ住吉!武内と遊んでいたのか?」

「どうなんだ?」

と私と武内の両方に問いかける宇田川先生。

「遊んでいたわけじゃありません」
と私。

「じゃあ、なんなんだ!?だまってちゃわからないだろうが!」

武内を連れて行ったことを後悔した。


彼女を巻き込んだのは間違いだった。

竹男の家をうる覚えだった私。

地理事情をまったく知らない私。

この地で育った武内を連れて行けば、竹男の家の住所を元に、たどり着けるだろうと思ったのだ。

それと、自分ひとりで彼を連れてこれるか、説得しきれるか、不安もあった。だめもとで誘ったが、武内は快く付き合ってくれたのだ。




とにかく事情をすべて話さなければ解放する気のない先生と、事情を説明しない私達。

話はまったくの平行線。

こらえきれずに先生が私の頬を叩いた。

その時、竹男が口を開いた。

「先生、こいつら、俺のこと学校に来いって言って、迎えに来たんです。」

「住吉、そうなのか?」と先生。

どう答えるのが一番いいのか、竹男も退学にならず、武内も停学にならない答えはないかと、頭がグルグルしていた。

その時、先生が言った。

「わかった。もういい。俺も、誰を怒ったらいいのかわからなくなった。あと少しで卒業だ。住吉、竹男の卒業はまかせたぞ」

そういうと、私達を何のお咎めもなく解放してくれた。

宇田川先生は、メガネの奥で、目に涙が光っていた。

高校3年の冬の思い出だ。