サプライズ

1年前まで浜松に勤務していた。10人の部下に囲まれ、みんなが力を結集する、素晴らしい集団だった。
厳しい経済情勢のなか、全国のほとんどの拠点が、売上予算の未達成の中、浜松だけは毎月達成し、累計でも毎年売上予算を達成していた。
神がかり的な有能な部下だったと思う。今でも一時も忘れたことはない。
退職された仲間もいたが、今でも尊敬できる、素晴らしい方々ばかりだ。

その部下と別れる時が来たのが1年前だった。
ついに私に転勤の辞令がおりたのだ。その時私は責任者だったから、もう逃れようがなかった。過去、上司がいた時に、3回ほど本社への転勤の打診があったが、逃げ続けた。しかし、今回はそうはいかない。部下の出世の為にも。だから受け入れた。新しい勤務地での会社の目標に、力を貸してほしいと社長自ら会いに来てくれたのだった。断れなかった。

浜松の部下たちは、送別会をやろうとするだろうと思った。
私はみんなを本当に大切に思っていた。自分の為にも、本当に良く尽くしてくれたし、何より信頼してくれていたことが感謝で一杯だ。だから送別会は絶対やろうと思うだろう。しかし、私はきっと耐えられない。
普段出せない、部下への愛情が、塞き止められていた感情がダムの決壊のように溢れ出てしまう。

だから、送別会を禁止にした。ちょうど、会社は1円単位の経費削減努力を行っている時だし、福利経費を使うのは控えようという理由だ。
しかし、部下は「そんなの、自腹でいいですよ」と、まったく聞く耳を持たない。仕方がないので、ナンバー2の部下「塩崎啓雄さん」に事情を話した。
「どうしても送別会は嫌なんだ。耐えられないし、送られるのは嫌なんだ。」と。
そうして彼に理解を得た。「そういうことならわかりました。気持ちは良くわかりますよ」と言ってくれた。内々で転勤が決まったのは約3ヶ月前だったから、まだ時間はあったが、それで安心した。

ある会議の日だった。名古屋で行われた会議を、塩崎と出席し、車で帰って来た。浜松インターで降り、疲れた私は、このまま自宅に直帰すると言った。近くに住む彼に、送ってくれと頼んだのだが、彼が、どうしても1件だけ、現場の下見に付き合ってくださいと言う。
時間も6:30だし、まだ早い。仕方がないので了解した。
彼の運転する車で着いた場所は、今時のオシャレな結婚式場だった。
仕事柄、このような施設を下見することは珍しくない。自分も一緒に現地下見をしようと。車を降りようとしたが、「自分だけでいいですから、車に乗っていてください」と、彼だけさっさと行ってしまった。

車に乗っていると、一人の女性が現れた。浜松きっての美人社員、「鈴木明日美さん」だった。いつもの制服ではなく、綺麗なドレスを着ている。
「すみません。実は協力してほしい事があるんです・・・」と彼女。
事情がまったく読めない私。
「どうしたんだ?遠慮なく言えよ」と言うと、最近入籍した部下の女性である「平尾侑美さん」が、結婚式をやっていないので、父親のいない彼女の為に、私に父親役をやってほしいというものだった。
「なんだ、早く言ってくれればいいのに」と言うと、私が嫌がるかもしれないと思ったという。
「そんな事はないよ。そういうことならいつでも父親になってえあげるぜ」と、意気込んだ私。そういうことならすぐ会場に行こうと、闘志に火がつく。
会場に着くと、私専用の控え室へ通された。
会場の係員の女性が、「本日はお疲れ様です、今会場で、皆様が準備されておりますので、こちらにお着替えになってお待ち下さい」と、白いスーツを渡された。(?黒のモーニングじゃないのかなあ?)不思議に思い係りの女性に聞くと、「花嫁のお母様が、派手な衣装をお召しですので、皆様がこちらを選ばれました」と言う。
少し怪訝に感じたものの、まあ、ありえるなあと、黙って従った。
さらに係りの女性が、「お客様、どんな事があっても私がご案内するまで、絶対にこの部屋をお出にならないで下さい」と真剣に言うので、仕方なく黙って控え室で待つことに。
ようやく係員に呼ばれ、式の会場へ。部下たち全員と、仕入先や協力会社の方々までいるではないか。
(すごいなあ。でもいいことだ。みんなえらい!)
サプライズ結婚式か・・・。平尾侑美さんの驚きと喜びの顔を思い浮かべながら、ニヤニヤして、指示されたとおり神父さんの横まで進んだ。
ふと見ると、チャペル最前列の通路側に、当の平尾侑美さんが座っている。
一瞬、(あれ?なんでここに??)
(なるほど、まだ知らされてないんだな。彼女は誰の式だと言われてるんだろ・・・?ふふふ、これからがビックリだな!)
(どのタイミングでだれが切り出すのかな??)
(楽しみだな〜、まだかなあ〜)
(後ろの外人の神父さんも待ってるし、まだかなあ〜)
(まだかな?なんかおかしいなあ)
どうもおかしい。何かおかしい。
(やっぱりおかしいよな)
(けど、ここで何か言ったら、サプライズが台無しになっちゃうし・・)
すこしづつ頭がパニックし始める。
だんだん、何がなんだかわからなくなる。
当の平尾侑美さんは、私の顔を見ながらニヤニヤしている。
(あれ?もしかして、何かだまされてるのか?俺がだまされてるの?)
(あれ?こいつら〜!)
と、考えがだんだん整理されてきたかなという時だった。
正面のチャペルの扉が開かれた。そこにいたのは、長男の強太郎に手を引かれて立つ、ウェディングドレスを着た美しい女性だった。
凄い美人だなあと思い、よく見ると妻だった。
すごい化粧栄えしている。初めて見る手の込んだお化粧。
いや、本当に。
後ろには、長女の楓に手を引かれた末っ子の梁。その後ろに、手を繋いだ梓と梢。
あっけにとられる私。口をぽかんと開けたまま、みんなを見る。
ひとり、ひとり、ひとり・・・・。
みんながニヤニヤしながら、そして中には目に涙を浮かべている。
(そうかあ・・・。俺だったのか。これは俺のサプライズ結婚式だったのか・・・)
部下や仕入先や協力会社の方々までが、みんなで協力してくれたんだろうな・・・・。大変だったろうに・・・。
そう思うと涙がこみ上げる。我慢だ。泣いたらあかんで。泣いたら。
必死に我慢しながら、ボロボロ流れる涙。

今まで自分が何度もやってきた「サプライズ」。見事にみんなにやられてしまった。
私たちは結婚式をやっていなかった。
私は送別会を禁止にした。
式が終わると、部下たちから、「送別会禁止なんで〜〜」とおちょくられた。全員で大爆笑。
こうしていつもみんなにからかわれる。特に塩崎啓雄さんと粂川正一さんの突っ込みは実に絶妙だ。

これが生まれて初めて自分がやられた、感謝のサプライズだ。