素敵な日は涙の日

どうしてこんなに心が激動したんだろう。私はもうとっくに競泳を引退し、違う世界に生きていた人間なはずだ。浜松で行われた世界選手権選考会と、今回大阪で行なわれた日本選手権を観戦し、本当にアマチュアの美しさを垣間見た。心が洗われ、これまで競泳から遠く離れ過ごしてきた自分がいかに素直じゃなかったのかって、そう思った。
死んでしまった米さんがいてくれたら、私は絶対に水泳の世界に生きていた。先日大地さんや、田中さんや、今でも競泳に携わっている多く友人に会い、また競泳の世界に気持ちが引きずり込まれていくのを感じた。でももう帰れない。誰もそれを望まない。私の人生もそれではなくなったはずだ。それなのに、どうしてこんなに涙が出るのだろう。
今日、日本選手権を妻も子供たちも、全員で初めて観戦した。
息子から、お父さんもこういうところで泳いでいたの?と聞かれ、そうだよ。と答えた。その度に、なぜか胸が詰まる。
日本中学校新記録や、日本高校新記録のアナウンスがされると、私は長男に、必死で、お父さんも25年前に、こうやってアナウンスされたんだよって、説明した。前の席には長畑がいて、ずっと向こうで大地さんがテレビの撮影をしている。その同じ空間で、私は愛する妻と、その妻との間に出来た子供たちに、自分の現役時代の自慢をしていた。だって、家族の誰も、こんなリアルなレースの世界を見たことなかったんだもん。見せたことなかったんだもん。
私は、結局いつまでたっても米川先生から卒業できていない。あの人をずっと想ってレースを見ていたんだから。
どうせただのマスターベーションだってことはわかる。でも、米さんと私には夢があったんだもん。いつか、一緒に大地さんみたいな、オリンピックの金メダリストを育てようって。そういう夢があったんだもん。今、こうしてブログを書きながら、自分でも信じられないくらいに涙を流している。
だって、おとといも、大地さんもあまりにもあの頃のままだったんだもん。昔のままの私を見て、そのまま話したんだもん。水泳から離れて長い間、まったく違う世界で生きてきたけど、いつだって水泳の選手だった時の自分を思い出して、負けないで来た。
絶対に負けないって思って、サラリーマンをやってきた。
こうして今、どうして怒涛のように美しい昔が見えるのだろう。神様は私に何を教えようとしているのだろう。

米さんが逝くとき、「逝かないで!」って言えなかったんだ。近くにいなかったから。間に合わなかったから。もっと言いたかった。逝くな!逝くな!って。悔しいんだもん。米さんが今生きていたら、きっと凄い選手育てて、こういう大会で今私が入れないブースも普通に入って、水泳会にその名を轟かしているはずだもん。絶対にそうだって。そうだって。(涙)
天国から米さんが誰かに何かを伝えようとしている。たぶん、誰にもわからない。俺にしかわかんないはずだ。

facebookで友人となれた萩原智子さんは、義捐金チャリティーで、我が家族と記念写真を撮ってくれた。
ソウルオリンピック選手のボブが、席を確保してくれていた。
シドニーオリンピックの銅メダリストの中尾美樹さん50m背泳ぎのメダルプレゼンターを終えた後、観客席に来て、会いにきてくれた。そしてうちの子供を抱きかかえ、可愛がってくれた。
競技終了後、大地さんが下の役員入り口に入って来て!と言ってくれた。家族と記念写真を撮ろうって。でも警備員に止められ、そのあと大地さんの仕事が入り、結局写真は撮れなかったが、それでも、そんな大地さんのぎりぎりまでの優しさが身にしみた。

私はまるでミーハーみたいだった。懐かしいこの空間に帰ってきた気が、一瞬、そんな感じがしてきた。
嫌で出て行ったこの世界が、やっぱりこれほどまでに美しく見えるのはなぜだろう。いや、嫌だったんじゃない。競泳が嫌だったんじゃなかった。人が嫌だっただけだ。若かった・・・・・。
でも水泳会は、選手と、その当時から水泳の世界を純粋に努力し生き抜いてきた多くの関係者がいたからこれほど美しく見えるのだろう。

米さんを火葬場で見送る時、私が考えていたことはただ一つだった。
「逝かないで」
「逝かないで先生・・・」
目の前に焼かれるその目の前で・・・、それでも「逝かないで」と、そう心で叫んでいた。

大地さんがおととい、米さんをこう言ってくれた。
「水泳のコーチでありながら、人生を教えてくれるひとだったよね」
って。
あの時は、「そうですよね〜」と合わせただけだったけど、今改めて思うと、米さん、やっぱりスゲエ。ゴールドメダリストが、あなたが逝って、11年経っても、まだそう言うんだもん。
人は皆、生きているから、そうそうセンチになる暇なんかないさ。けど、11年経って、そうスーパースターに言ってもらえる米さんだから、だから俺、今でもレース見ると米さんを想ってしまうんだと思う。仕方ない。素敵なヒゲじじいだったんだ。
そんなあなたが、私に「俺はお前の2番目の親父や」って言ってくれたんだから。肩を壊して治療に行った長野の温泉で。
私は帰り道、窓から外を見ながら、日本選手権を見に来ていた天国の米さんを見送った。とても素敵な笑顔で、天国帰って行くのが見えた。またあの人に何かの課題が与えられた気がする。
私の心の経費に・・・・。