変態デブ

禁煙を始めて4週間になろうとしている。
これまで何度か、タバコを吸う夢を見た。夢の中で私は、自分で吸おうと思って吸っているのではなく、気がついたらタバコを吸っていて、『あ!何てことだ!吸っちゃってる!!』と、気がつく・・という設定になっている。それも毎回そのように設定されているのだ。
きっと潜在意識で、吸っちゃダメだ!吸っちゃダメだ!と、自分に言い聞かせているからだろう。
先日部下達と「養老乃滝」で呑んだ。何人かは、目の前で美味そうにタバコを吸う。それを見ていると、タバコを止めたことによる喜びとは裏腹に、なんだか美味そうだな〜〜という気持ちになり、自分が過去に、「美味い!!」と思って喫煙した時の事を思い出したりするのだ。人間の脳というのは、実に面白く出来ているなあと思う。
ことタバコに関しては、『ネガティブ』に考えたいところなのに、人が吸っている所を見て、「ポジティブ』にタバコを捉えてしまったりするから不思議だ。

しかし、気がついたことがある。
喫煙習慣がなくなったことによって、1日のエネルギーが20%〜30%隙間が空いた。そうするとそこには自分の好きな事以外にも、様々な過去に類を見ない出来事が起きるようだ。人生のステージを上げる時、過去に経験していない事や、知らない世界の何らかを、ステージアップの原材料として拾ってしまうかのように、先日も始めての経験があった。前回のブログ内容のように、ほとんど意味を成さない「告げ口」の被害や、その他にもチョコチョコと起きている。
私は過去、人に告げ口されたことなど一度もなかった。知り合った人は、本能的に信用してしまう。友人にこのことを話してみたら、「スミケンは甘いな〜、誰も信用なんかしちゃだめだよ〜」と言われた。
きっと友人なりに苦労した末の人生訓なのだろう。
けれど私には無理。どう考えても、誰もそんなことする人に見えない。
いいやつばっかりだし、みんな美しい人ばかりだから。
きっと、神さまに試されたのかもしれないと思う。
「それでもあなたは人を信じますか?」
みたいな。
しかし神がいるなら一言言いたい。「余計なお世話です」。

空いた30%近い隙間には、その他にも変った出来事による、初めての経験が入ってきた。
妻と食事していた時のこと、少し離れた席に座っていた男性が、「ちょっといいですか?」と、話しかけてきた。
「は?なんでしょうか?」
と聞くと、私と妻の会話を、たまたま聞いてしまったが、その時の私の話す内容に、感動し、感銘を受けたという。四柱推命の占いをある寺の参道で行っている者で、やましい者ではないと。信じられないかもしれないが、純粋に私の目を見てどうしても興味が湧き我慢できないとの事。そして、出来れば私の生年月日を教えてくれないか。という内容だった。
いきなりの出来事に、面食らったが、生年月日くらいどってことないだろうと思い伝えると、なにやら本を出し、調べ始めた。
そして、1人でうなづきながら、ニヤニヤしている。
正直なことを言うと、この人大丈夫だろうか・・・・と、不安だったが、話し方と顔を見ると、どうしても悪い人には見えないし、そもそも、私を何かで騙したところで、何の得もないだろうから。
ニヤニヤしながらその方は、私にこう言った。
「あなたは愛溢れる人のようですね。長年数万人の人を見てきましたが、あなたのような美しい心の人は初めてです。」と言うではないか。
私はとっさに、
「いやいや、ないない。ンなわけないじゃないですか〜。ただの変態親父ですよ〜」
と答えたが、その方がそこで、妻に話しかけた。
「でも奥様はご主人のこと、どう思われています?」
私は妻が、(手のかかる変態デブですよ〜!)くらいに言うのかと思いきや、
「ええ。この人は神さまのような人なんです」
と言ったのだ。
(ええ〜〜〜!!??妻が私を神と????)
頭が一瞬混乱した。こいつまでおかしくなったんか??
妻とその人は、一緒に「そうですよね〜」とか言って、盛り上がっている。そのうち、もっと私の話を深く説明しだした。妻はそれを聞きながら、「そうそう。そうです。そうなんです〜」と、涙を流しながら聞いている。
そして、その人の話は私の話のみに集中し、他に何もせず、帰って行った。何か本でも売りつけるのかと思ったが、私のオーラを感じて黙っていられなかったからと言って去っていった。不思議な時間だった。
でも何より驚いたのは、妻が私をそんな風に思っていたことだった。
(神さまのような人なんです・・・・・)
プレッシャーを感じるなあ〜。りさちゃんまでどうしちゃったんだろう〜〜。経費かかりすぎでちょっと頭にきちゃったかな?


所詮こんな男。

しかしなぜか最近、色んな自己啓発系の本を買って読んだり、正義に関する哲学書を読んだり、アンソニーロビンスの本を読んだり、たまたまなのだろうか、自己を本質的に高める為に、心の洗浄を同時進行で行おうとする傾向があったように思う。
それはタバコを止め始める数ヶ月前からだったが、4月頃からだったろうか、何か自分の歩みの螺旋階段が1周周り、スタートした位置に戻り、高さが数段上がっている・・・・。そんな感じがしていた。

とはいえ私の未熟さは計り知れない。
しかしそれでも感じることはある。少しづつではあるが私は成長している。それは「許し」という言葉に象徴される自意識の変化だ。心の成長。人格。そして、必ずそこには出会いがあって、様々な人に教えを請い、自分にきっかけをくれる。大きなうねりを作り出す。
だから私はそれを受け入れる体勢をいつも意識する。自分と向き合い、勇気を以って自分の心に挑む。
恥ずかしい時もある。
隠したい自分だってある。
しかしそれでも勇気があれば、自分から心の服を脱いで、裸で勝負することが出来る。
裸の勝負は実は勝ち負けがない。すべて勝つように出来ているのだ。
自分に勝つように出来ているのだ。