米さんのオーダー

焼肉屋さんに行った時の、お肉のオーダーの仕方だが、普通、世の中ではどんな常識だろうか。

きっと、仮に5人で行った場合、カルビ3人前、ロース2人前くらいをオーダーして、後は、ご飯やキムチや焼き野菜、魚介類などをオーダーし、お肉はみんなの食事の進み具合によって、もう一度3人前にするか、2人前にしとくか・・・・というような判断じゃないだろうか。
昨今、3,490円で食べ放題!という店があるが、そういったお店では、来店した人数分しか、各単品をオーダーできない仕組みにはなっているらしいが。
たとえば、5人で来店したら、カルビを一度にオーダーできる数量は、5人前まで・・・と言う具合だ。これは、食べ放題というシステムが故のお店側の無駄防止措置だろう。





私が水泳選手だった頃。
中学3年生から高校3年生くらいまでの選手としてのピーク時の頃の話だ。
コーチであり恩師の米川先生は、寮の食事だけでは息も詰まるだろうと、時々私たちを焼肉屋さんに連れて行ってくれた。
だいたいお店は、赤坂にある「バリバリ」。
そこそこ良いお店だ。
寮生活している学生は、私を含めて10名くらいだった。
全員席に着く。
おもむろにメニューを手に取るが、勝手にオーダーするわけにはいかないと、米さんの顔を覗き込む。
「まて。おまえら無駄に頼むから、最初はわしが注文したる。」
そういうと、米さんは店員を読んだ。

「あのなあ、タン塩30人前、カルビ50人前と、ロース30人前、レバー10人前、ホルモン10人前、サンチュ20人前、ナムル10人前、カルビスープ10杯、ライス大盛り10杯、キムチ10皿・・・・・、おい?ほか、なんかいるか?」

と、普通にオーダーした。

私たちは全員、(ちょっと頼みすぎじゃねえ〜?)と思いつつ、(こりゃあ、好きなだけ食えるっていう信号だな・・・)と判断。

しかし、第一回目のそのオーダーは、ものの30分くらいですべてがなくなった。中には、焼けてないのに、待ちきれずに半生のカルビを頬張る者もいた。

そして追加オーダー。
「後は自分達で頼め。」
米さんの一言で、全員が(会計がいくらかかろうがかまわんよ)という了解を得たと判断。
2つに分かれていたテーブルごと、好き勝手にオーダーを始める。

「カルビ追加50人前、上ミノ5人前、レバ刺し10皿。」
またひたすら食べる。
お相撲さんでもないのに異常な食べっぷりの集団に、赤坂バリバリの店員さんは、顔を引きつらせながら、せっせと配膳。
そして、10人の異常食欲小僧達に混ざって、米さんも普通に食べ続ける。しかし米さんの食べ方は、サンチュの上に、ナムルとライスをひき、少し味噌を乗せて、カルビなどのお肉を2〜3枚乗せて豪快に包み、「カブゥッ〜!」と一口で食べ干す。

(いくらかかろうがかまわんよ)

という神の声によって、全員次のオーダーを考える。

(少し脂っこくなってきたなあ〜・・・)
と思い、たまたま見つけた「生がき」。3個乗ったお皿で1,000円と書いてある。

「生がき食べるひと〜??」と聞くと、もれなく全員が手を上げる。
当然のように、「すみませ〜ん」と店員を呼び、「生がき20人前!」とオーダー。
見たこともないくらいの大皿に、一面氷が敷きつめられ、その上に生がきがごっそりと乗っている。その大皿が、5枚くらいやってきた。
しかしご存知生がきは、「ちゅるっ」と一口で消えてなくなり、一人当たりの6個くらい、即効でなくなる。

「すみませ〜ん!生がきを同じだけもう一度おかわりください〜」
と、同じ量を追加オーダーしたが、すぐに店員が戻り、
「すみませんお客様。あと10人前しかご用意できません・・・」
「じゃ、10人前でいいです」

またしばらくして、10人前の生がきを即効で片付けると、デザート行こうとみんながオーダー。
夕張メロンだの、チョコレートパフェだの、男だから別腹じゃないのに2つ、3つのデザートをオーダー。

甘いの食べたら、また肉を食べたくなったやつもいて、おもむろに、「ロースステーキ2枚」
などと注文。米さんは「あほか。」といって笑う。

全員で少し気持ち悪くなるくらい、赤坂バリバリを満喫した。


会計時。
おもむろに米さんが言う。
「いくら?」


「・・・・・・・・、32万6千円です。」

一瞬頬がピクッとしたように見えたが、米さんはカードを出し、「これで。」と一言。

(32万だってよ〜!やばくね?)
コソコソ話す私たちを尻目に、
「おいっ!帰るぞ!あ〜食った食った〜」
そう言って米さんは歩き出した。


それから10年経ち、私もとっくに水泳を引退し、米さんの住んでいた豊橋に遊びに行ったときの事。
「おう!焼肉行くか!」
の掛け声で、米さん行きつけのお店へ行った。
私は内心、(どんなオーダーするんだろう・・・)と不安。昔みたいにお金もないし、私自身も昔のように肉ばっかり食べられる若さはない。
席に着くと米さん。メニューも見ないで一言。

「おばちゃん!カルビ20皿!」

(ガチョ〜ン)
それまで米さんのオーダーの仕方にビクビクしていた私。
その言葉を聞いた瞬間、昔の自分を取り戻した。
赤坂バリバリの当時、米さんは確か、35歳くらいだったと思う。
豊橋の時は45歳くらいだった。
そしてその後も米さんは、体調を壊すまでの間、毎回毎回、ずっと焼肉屋さんのオーダーの仕方を変えなかった。

「おばちゃん!カルビ30人前!」