やはり『血』は争えん。


先日の夜、仕事から帰ったばかりで着替えてもいない私に、最近話しかけてくることもめっきり減った高校2年生の長女が、めずらしく私を呼んだ。

「お父さん・・・・」

「あ?」

唐突に呼ばれ振り向くと、少し顔を引きつらせた長女が、神妙な顔つきで立っている。

「一生のお願いがはあるんだけど・・・・・」

(い、いっしょうのお願いですとお〜〜??)

焦る俺。

スーツを脱ぎながら、洗面所へ。

髪を乾かしている妻を発見し、質問。

「よお、楓がさあ、なんか一生のお願いがあるって言ってきたけど、何の話〜??やばくね〜?」

「いや、わかんないのよ。なんだか一生のお願いがあるって言うから、そんな内容ならお父さんに言いなさいって言っておいたんだけどさあ。」

(ええぇ〜〜〜!!!俺かよ〜〜〜!!!)

最近学校の帰りに、どこかのデパート寄ったり、目元に化粧したり、どんどん私の理解の範囲を超えている長女。高校2年。
彼氏が出来たり、別れたり、俺の知らないところで何やってんだか、さっぱりわからんし、考えるだけで怖い近頃の長女の、唐突な話に、私は見も竦む。



とはいえ、長女の普段の妻との会話を聞いていると、むしろ妻の高校時代よりもはるかに遅れ気味に思える青春の経験値。安心するとの同時に、遅れすぎても欲しくないと考える、ワガママな父親の論理も共存し、複雑な親の心境なのだが、簡単に言うと、性的な経験や興味に関しては、それほど進んでいない感じだったのだが。



一生のお願いがあると言われ、一瞬頭をよぎる最悪なケース・・・。

(お父さん。赤ちゃんが出来たの。産んでもいい?)
グラッとくる私の脳みそ。
(お父さん。妊娠しちゃったの。どうしたらいい?)
グサグサと矢が突き刺さる私の胸。
(お父さん。彼と一緒に住みたいの。許してくれるでしょ?)
ガ〜〜〜〜〜ン・・・・・。




まさかの言葉を連想し、額から脂汗が・・・・・。



妻が用意してくれた夕食を目の前にして、箸でつつきながら、向に座った長女に何食わぬ顔で聞いてみる。

「で、なんだよ一生のお願いって〜??」

隣に座った妻の顔を見る。
「私妊娠しちゃったの〜〜どーしよ〜〜〜」
と、おちゃらけて長女をからかう妻。
「はあ?何言ってんの〜違うからあ〜〜」
長女の返事。
妻は、こうやっておちゃらけて、真相を聞きだそうとしているのだろうが、私の心の中はヒヤヒヤだ。

(こいつ、一体なにやらかしたんだろう〜)

不安な気持ちを押し隠し、何事もないような顔をしてみせる私。

かたや、長女も、顔を引きつらせ、言いにくそうにうつむいている。

覚悟を決めた俺。
長女に、
「でん。(長女のあだ名)一生のお願いなんて、そう簡単にするもんじゃないぞ〜!」
なんて話しかけてみると、おもむろに長女が私の方を向いた。

(くっ!くる〜〜!!)







「嵐のコンサート行きたいの。」


「は?」


「嵐のコンサート行っていい?」


(・・・・・・・・・・・・・・。)

「ぜんぜん良いけど・・・」


「でもね、4,000円くらい足りないの。おこずかいだけじゃ」



隣で、まるで音が聞こえるみたいに感じる妻の安堵感。

長女が天然なのか。俺達が考えすぎたのか。

多分両方だろうな。



「金が足りないなら、1万円くらいやるから行ってくればいいじゃん。」
「え!ほんと!行っていいの??」
「おお、行けよ。もちろん。これが高校時代ってもんだ。」


これは本当の私の気持ち。
私がそう思うには、理由がある。


小学校5年生の時だった。
沢田研二が大好きで、4年生の時に『勝手にしやがれ』でレコード大賞を受賞したジュリーに、心から大喜びした私。
ある時、沢田研二が、地元の市民会館でコンサートを行う事になり、チケットが手に入ったのだ。
両親も、私の沢田研二好きは十分理解しているし、私は当然、コンサートに行けると思い込んでいた。
しかし、スイミングスクールの選手クラスに入っていた私に、両親は練習を休ませなかった。
お袋は、
「コンサートは私が変りに行ってきてあげるから」
と、訳の分からないロジックに話が変更され、しかも、行ってきてあげる・・・と、恩着せられる始末に、私は今生の恨みを持っていのだ。

あのコンサートは私が行くべきだった。

お袋は、沢田研二ファンじゃなかった。コンサートから帰ったおふくろは、
「あんなの、テレビより全然足が短くて、な〜〜んにもかっこよくなかったで〜〜〜!」
と、行って後悔、観て後悔、と、ならばなぜお前は行ったんだ!?と、なお恨みが募ったものだった。



あれがトラウマとなり、その後、私は一度もコンサートなるものに出かけたことがない。
二度と行きたいとすら思いたくないと、コンサートという存在に対して気持ちを閉ざした。





私は、
「そんな事が一生のお願いかよ〜、そんな事でお父さんが怒るとでも思ったのかよ?」
「ううん。でもお母さんに言ったら、絶対にダメだって言われると思ったから・・・・」
「1万でも2万でも、お金は少し余計に持たせてやるよ〜。グッズとかだって、いっぱい売ってんだろうから〜。」
「よかった〜〜〜うれしい〜〜〜!やった〜〜〜〜!!」
そういって大喜びし、安心した表情を浮かべた長女。
「そんな事くらい、いつでも言ってこいよ〜。お父さんはコンサートに行っちゃダメだなんて言う、そんな男じゃないよ〜。」
そう言いながら。しみじみ、沢田研二のコンサートに行かせてもらえなかった自分を思い出していた。




胸を打たれた。
長女はこんなお願い事すら私たち親に、簡単には言えないのだ。
そんなに厳しく躾けたつもりもないし、実際にそれほど所作の行き届いた娘って訳じゃないのに。
でも、この素朴さ、この天然さ、お金を大切に思う感性、それらは、妻や、双方のじじ、ばば、の教育の賜物だろう。
本当に良い子に育ってくれた。
でもやっぱり長女も天然だ。
妻の血だ。(笑)
コンサートで一生のお願いだもん。そういうところ、妻にもある。




その長女がくれた、父の日のプレゼントは、彼女が書いた『手紙』だった。
短い文章の中に、娘の素直な気持ちが溢れている。
泣きそうになる気持ちを必死に抑え、妻に、
「すげえよ〜!楓、もう大人みたいな手紙くれたよ〜!もう子供じゃないみたいだぜ〜〜!」
と、自慢した。



皆さんにも自慢します。
スンマセン(笑)

くうぅぅぅ〜〜・・・・・
泣けるぅぅぅ〜〜〜〜・・・・・・。





子供には、その存在だけに感謝している。
子供たちがそこにいてくれるだけで、私は幸せなのだ。
5人、それぞれの良さが溢れている。
みんな、私を幸せにしてくれている。


どれだけ経費をかけても、この気持ちは得られないだろう。
妻と子供たちに感謝しているんだ。