お久しぶりです

もう2ヶ月近く日記を書いていなかった。

ほんの4分ほどだったが、一度心臓が停止する経験をした私は、それから激動のように様々な状況、環境の変化が、怒涛のように訪れた。

転勤もそのひとつの出来事だ。



おもえば6年前。

浜松で責任者を務めていた私に、中核支店である大阪で、今の事業部にテコ入れして欲しいとの打診があり、当時、もう充分我が社で苦しんだと思っていた私は、この機会を期に、会社にお暇を頂こうかと考え、退職の旨を伝えたのだった。


当時の社長に、私の退職の意向の一報が入るなり、その日の夕方突然、社長自ら東京で新幹線に飛び乗り、浜松まで私に会いに来てくれたのだった。


【すまないがここは俺の顔を立てて、大阪に行ってくれんか】
【俺には考えと直感がある。大阪に行けばお前は大成する】


そんなお話を頂いた。


会社の社長自ら、こんな私のために浜松まで、秘書も連れずにたった一人で、私を引き止めに来てくれて、そんなありがたい気持ちに応えないわけにはいかない。


【社長がそうおっしゃるならわかりました】


そう言って大阪行きを決めたのだった。

あれから6年が経とうとしている。



色んなことがあったし、色んなことをやった。

泣き笑いの、喜怒哀楽を最大化したような時間だった。

部下たちも良くやった。

私は優秀な部下のおかげで楽ができ、そして色んな試みが実現し、大成功を収めた。




そして今度は、新しい社長に名指しされ、東京に来る事になったのだった。


【大阪でやったみたいに、東京でも活躍して欲しい】


創業家の2代目の、この社長の言葉に対して、私はお断りする理由が見つけられなかった。

今度こそずっと単身赴任になるかもしれない。
それが嫌で嫌で、単身なんて、何の為に家族やってんだかわからない生活は、到底受け入れられないから、だからいつも転勤の声がかかるたび、断って退職しようと試みたが、今度ばかりは社長の気持ちが痛いほどわかるから、断れなかった。


東京へ行くか。。。。。。


そう思い、受け入れた。


昔住んだ街。

景色は変わっているけど、匂いは変わってない。

仕事は忙しくなるばかり。

本社が同じビルだから、大阪で時間のかかった改善も、あっという間に実現しちゃう。



進めば進むほど、どんどん次の課題が現れて、描いていた構想が、凄いスピードで動き出す。




【しゃあないな。仕事するか。。。】



若くて静かで、何かに抑圧されえているような、私の顔色を伺う新しい部下たちの、心の垣根をはずす作業からだな。


みんなの人生を、豊かにしてやる。

僕と出会うと、人生が変わるよ。