日本大学水泳部 男の中の男

男って何なのか。
それを教わったのは日本大学水泳部であり、そのスタートに立ったのも、日本大学水泳部だったと思う。
インカレの経験は、個人競技でしかなかった競泳という競技を、最高のチームスポーツに変えた。そこに関わるすべての仲間が大切になり、互いに成長することを義務と捉え、それまでの競泳への取り組みよりも、さらに真摯な取り組みをするようになった気がする。
自分という個人が、速い選手であれさえすれば良いというわけではない。
チームが勝てなければ、個人でどれだけ速かろうと、日本大学水泳部としては評価に値しない・・・。それほど、チーム全体を強くする事に全精力を傾ける集団なのが日本大学水泳部だった。
しかし、勘違いしてはいけないのは、チームを強くするという事は、個人をないがしろにする事ではない。言うまでもなく、人の力になろうとする者は、まず、自分が誰より強い事が必須である。自己の成長に真摯な者が初めて、人に何かを与える権利を有しその意義を持つ。


日本大学水泳部に、山口寛純さんという先輩がいた。
私の部屋長だった。
私は寛純さんに、男たるもの・・・というものを教わった。



それまでの私は、日本大学水泳部の一員として、1年生でインカレの衝撃を経験し、天皇杯の重さを知ったとはいえ、高校時代までの浮き足立った性質が抜けきっていたわけではなかった。
厳しい寮生活を幼い頃から過ごした経験もあった一方で、個人競技で着々と力をつけ、中学で日本選手権の上位入賞までに到達し、高校で日本チャンピオンを経験した私は、典型的な個人主義であったと思う。そもそも個人競技であるから、高校の水泳部時代などは、自分の背中を後輩に見せればそれでよかった。高校のインターハイの総合でも、3位に入賞した経験もあった。
しかし、日本大学水泳部は、強い個人が前提である事は間違いないが、それだけではチームをまとめ上げることは出来ない。天皇杯を獲得する事も、個人の力の結集はもちろんだが、それだけでは不可能だ。チームの総合においても。「3位」と「チャンピオン」とは、月とスッポンほど違うのが勝負の世界である。


チームには強い個人と、それを束ねる、強い「リーダーシップ」が必要だ。
どんなリーダーかによって、チームの力は倍増もする。3倍にもなるかもしれないが、場合によっては、本来の力の半分も、発揮できないこともありえるのだ。
山口寛純さんは、前出のインカレ800mリレーで、私から引継ぎ、第2泳者を泳いだ先輩である。
私が1年の時に2年年上の3年生であった。
私が2年目。日大水泳部の4年で主将でもあった寛純さんは、同時に私の部屋長であり、比較的に自由にさせてくれたが、仲間や後輩に対する「気遣い」に関して、凄く厳しい先輩であった。
仲間に対して「気を使え!」と、いつも私に指導してくれた。
私は個人競技出身者にありがちな、個人主義から来る無頓着さみたいなところがあった。弱いやつは、強いやつの言う事を聞いていればいいと、自分に結構甘い反面、人には厳しかった。私は自分に自信があり、何でもやって見せるという気概を持っていた。それはそれでよいが、そのアクセルが時に、多くの排気ガスを出したと思うこともある。
男が実はやせ我慢する生き物であり、男が実は、細やかに廻りに目を配り、気を使う生き物であり、男は実は、結構やさしく影で手を差し伸べる暖かさを持ち、それでも普段はチラチラと、甘い顔見せないもの・・・・・。
そんな風に、寛純さんは私を指導してくれた。
寛純さんの主将としてのマネジメントは、群を抜いていたと思う。
そして、彼は自身の4年のインカレで、自己の目標をこのように表した。

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こんなコメント書いて、凄い大学生だと思う。
この紙は、インカレの後、こっそり頂いた。それ以来、ずっと家宝にしている。

私は自分が本当に素晴らしい方との出会いによって活かされてきたと思う。
私は寛純さんに、性格や性質を完全に掴まれていた。
いつも先回りして悪事を読まれ、「やめとけよ!」と言われた。



寛純さんからは、女を大切にしろとも言われた。
それなのに、私が4年の時に付き合った女性の事は、「あんなの別れろ!」と冷たかった。今は、寛純さんがそう言った理由が分かる。その頃は分からなかった。
チャラチャラしてると怒られた。ベチャベチャ話していても怒られた。男は、だらしなくウロウロするなと言い、男は余計な事をベラベラ話すなと言われた。
寛純さんのおかげで、昔よりずっとずっと無駄口が減った。
それ以来、ずっとチャラチャラもしなくなり、少し落ち着いた男になった。


今でも組織を動かす上で、山口寛純先輩の姿を思い出す事がある。
日本大学には、100人に1人くらい、偽りの男が居たりするが、そんな汚れを消し去るような、生粋の男が大勢居た。
私はそんな4年生にはなれなかったが、私の4年の1年間は天皇杯の為だけにあり、水泳部のコーチとして、体も精神も、空っぽになるまで使い切った。
たった4年間の貴重な時間。
最高のチームに仕上げてインカレに挑んで欲しい。
どうしたら最高のチームに仕上がるか。
ひとりひとりが、最高の状態に仕上がるか。
それについて、死ぬほど悩んで欲しい。そして、死ぬ覚悟で実行して欲しい。
大丈夫。絶対死なないから。どんなにやったって死なないから。
人がやったことないくらいやれ!
誰も真似できないほどやれ!
今見えている目標や夢より、ずっとずっとず〜〜っと高いところに夢と目標と置きなおせ。
それでもやれるから!!!


いいか!日本大学水泳部は、絶対に勝つんだ!