人生のご褒美

奈良の水泳選手の夏は、ひたすら天理プールに尽きる。

天理の街は不思議な町。

立派で綺麗な建物が立ち並び、一体感を感じる。

いえ、私は天理教団員ではありません。

天理教は、S学会のような異常性はまったく感じられない。

天理プールは、夏の間、何度も何度も奈良県や奈良周辺を基盤とする水泳大会に貸し出される。

とてもいいプールだ。

水も綺麗で手入れが行き届いている。

天理プールの所有者にとっては、プールの大会貸し出しというのも、決していいものじゃない。
なぜなら、大会の度に、トイレも汚れるし、床やスタンド、スタンド裏などのゴミなども、学生への指導はしているものの、応援組も含め、やっぱり大会の後は汚していくものだ。
格安気持ち程度の料金でプールを貸し出すのも、意外と慈善事業というわけだ。
天理教にお世話になっている奈良県水泳連盟。
長年のいい関係なのだろう。




天理の町並みは独特の雰囲気がある。
その雰囲気は決して悪くない。
千と千尋の神隠し』に出てきそうな建物が何棟も何棟も立ち並ぶ。
朱色を貴重にした色使いが目を見張る。
あたりの自然と調和し、落ち着いた雰囲気を醸し出している。





日曜日は奈良県の学年別(新人戦)という大会だった。
全国大会(全国中学校水泳競技大会)などに出場するようなレベルの選手は、この大会には出てこない。
したがって、この大会はレベルは低いし、速い選手は出場していない。
私の中学校時代も、新人戦とか、学年別とか、そういう大会には一度も出場したことがなかった。
いつも全国大会とバッティングしていた。



この大会に息子が出場。
先週にもこの天理プールで大会があった。
前日まで合宿でガンガン泳ぎ、疲れがピークであった息子。
先週はベストが出せず悔し泣き。
昔は同じ水泳選手であり、全国大会優勝者でもあって、尚且つ、日本中学校記録保持者であった私。その私でも悔し泣きしたことはなかったのに、息子は自分の実力を出し切れなかったこと、ベストタイムが出せなかった事に、悔しくて涙を流した。
私は感心した。
そういう気持ちはとても大切だ。

前回書いたが、私は現役時代、とりあえず日本チャンピオンになっていながら、一度もそれまでのレースにおいて、悔し涙など、流したこともなかった。
いつもは勝つことの多い選手だったが、試合への調整が合わず、疲れがピークだった時に全国中学に出場し、タッチ差で負けて2位になったことがある。
しかし、悔しいとはそれほど思わなかった。
単純に、次には勝つだろう・・・・くらいにしか思わなかったのだ。
実際にその後のジュニアオリンピックと、日本選手権で、2度中学新記録を樹立し、全国中学の優勝者の記録よりも15秒も速い記録を出した。
だから、悔しくて涙を流している選手を見かけると、その情熱を羨ましく思ったこともある。
私にはそこまでの情熱がなかったのだろうか。

いずれにせよ、私にはそういう気持ちが足りなかったが、息子には備わっているようだ。
負けたこと、目指していた事、力を出し切れなかった自分・・・。
それらに悔しいと思える気持ち、涙が流れる気持ち、その気持ちが大切だ。

私よりもずっと立派な子供である。

本当に感心する。




そして7日後のこの日、息子は再びレースに出場した。
そしてわずかではあるが、ベストタイムを出した。
よくやった。
今シーズンは、昨年と比較して、1年間で100mの平泳ぎを15秒以上短縮した。

【1分14秒72】

決して速い記録ではない。
世界記録は確か58秒を切っているはず。
世界までの差は、現在の段階で16秒。
100mでの16秒は、太平洋を泳いで横断するくらいに遠い。
簡単に言うと、【不可能】と思えるくらいに。

でも、十分だ。よくやった。
君ならいつか、世界に手が届くかもしれないよ。強太郎。

スイミングスクールに通い始めて10ヶ月程度。
最近やっと競泳選手の端っこの端っこにいられるかな??くらいになった息子だから、これだけやれば十分だ。
1年前は、本当にこんな記録を出せるようになるなんて、思いもしなかった。
いや、必ず出せるとは信じていたが、それでも実際にこれだけの成長を見せるとは、私もビックリしている。




しかしたった4日程度の合宿だったが、つい先日まで、普段経験したことがないほどに泳ぎ込んだことで、平泳ぎのフォームが、めちゃめちゃおかしくなっている。
特にプル(腕のストローク)と、息継ぎのタイミングと角度が、彼の一番良い時のストロークと比較して、かなり悪化している。
ストロークの悪い変化は、頻繁に起こる。
練習を沢山する事は重要だが、沢山泳いで、疲れている状態で泳げば泳ぐほど、ストロークは崩れてしまう。
練習はしなければならないけど、すればするほど、疲れてフォームが崩れるのだ。
だから、ストロークの修正を入れながら、厳しいトレーニングを行う事が重要となる。
体が大きくなったり、筋肉が付いたりするだけでも、フォームは崩れる。
体の力を最大化する事が、そのままイコール最大化された推進力を生み出さなければ、力をアップさせる意味がなくなってしまう。
水泳と言う競技は、フォームにおいて非常にデリケートなのだ。

いや、すべての競技にも、同じ事が言えるのかもしれないが。


息子は、フォームをガタガタに崩した状態で、なんとか気力でベストタイムを出した。


おまけに、チームのメドレーリレーの為に、泳いだ事もない、
【背泳ぎ】
に挑戦。(笑)

でもビリではなかったから良くやったと褒めてあげねば。


そして最後のフリーリレーでは、3位で引き継ぎ、2人をゴボウ抜きした。
リレーで爆発的な力を発揮するところが、『親子だなあ〜〜』と思う。
私も、リレーになると、恐ろしいほど勝負強かった。

こうしてだんだんと、自分の現役時代を匂わせるような息子の姿が見え始めると、親として私は本当に幸せだと思えてくる。

私たち親子が、こうして水泳に、あくまでも一般人として関わっている事が、最高の人生のご褒美だと思えるのだ。