防衛



沖縄いや、日本はもう、実はアメリカに占領されている国なんじゃないかって気持ちになる。


今回の米兵の暴行事件を指してだけで言っているのではない。
暴行事件とマスコミは言うが、はっきりと【レイプ】と言って欲しい。すぐにマスコミは米兵のことになるとやんわりと書きやがって。


いやむしろ、沖縄における米兵の犯罪発生率を、沖縄県民の日本人による犯罪発生率と比較すると、米兵の犯罪発生率の方が低いくらいだから、マスコミの左翼の連中が死ぬ物狂いで米軍批判している昨今の報道に、私は国民として躍らされてはいけないと思うが、しかし、アメリカ人の犯罪は今始まった事ではない。
そしてしかしながらその性犯罪の内容は、日本人の犯罪の残虐性とは確率的にも比較にならないほど、恐ろしいものでもある。

1945年頃、敗戦国日本の沖縄に、アメリカ軍が正式に上陸した際に、最初に起きた地域的な深刻問題は、アメリカ軍人によるレイプである。


私は日本人の悪い癖となっている、自虐史観は嫌いだが、しかしあえて言えば、日本にもレイプなどの事件は存在する。
しかし、外国人のレイプ、性犯罪のレベルは、日本のそれにはまったく比べ物にならないのである。
日本以外の国では、それが白人であろうと、黒人であろうと、支那人であろうと、朝鮮半島人であろうと、本当にレイプ、強姦という犯罪の多さと言ったら、日本の比較には到底ならないし、そのレイプのやり方、残虐性についても、日本人には理解できない感覚の犯罪ばかりである。
特にアメリカ人の性欲は、完全に見境のない猿そのものであり、酔って顔を紅潮させ、興奮して鼻息荒くなり、一度自分が犯そうと思った日本人女性に対しては、まるで完全に獲物を狩り、骨まで喰らい、しかも集団で完全犯罪として強姦しようとする、恐ろしいまでの人間性の欠如を生む、そういう性欲がアメリカ人なのだ。
アメリカ人男性は、アメリカ人女性にはめっぽう弱い。
アメリカ人女性は長い歴史の中で、白人男性の猿のような見境のない性欲をぶつけるオスに対し、非常に厳しく突き当たり、跳ね除ける術を身に付けた為、時には激高して白人男性を罵倒し、性欲を減退させると言うテクニックを身に付け、そして自身を守ると言う手段を見つけた。
これは長い歴史あっての白人女性の遺伝子に組み込まれた本能である。
つまり白人の男達は、男に対して強く当たらない日本人女性を見て、【性の奴隷】として扱う事を許される生き物と判断し、戦勝国として横暴に沖縄で振る舞い、女性を片っ端からレイプ強姦した。


1945年以降は、沖縄で、恐ろしいほどの件数のレイプ事件が各地で起きた。
沖縄の各地域で、自警団が結成され、多くのレイプ直前状態から、日本人女性を救い出したが、それでもレイプ事件は後を絶たなかった。
実際にアメリカ人は日本の沖縄において、どんな事件を積み重ねてきたのか、少し目立つところだけ、書き出してみる。



以下、あるインターネット文書による、1945年以降の米兵による事件を抜粋させていただく。




1945年3月、拉致してボートに乗せ、海岸でレイプし放置し、女性はその後死体で発見。


同年8月、祖母と海岸に魚を捕りに出かけて米兵にレイプされ、その後混血児を出産。


同年8月、子供をおぶって薪取りに出かけた女性が米兵3名にレイプされ行方不明。子供は死亡した状態で発見。


同年9月、子供をおぶってヨモギを摘んでいた39歳女性を、ジープに乗った4人の米兵が拉致、道端に放り出され。大けが。背中の子供は死亡。


同年9月、男性二人と親戚を訪ねる途中の19歳の女性が、子供をおぶったまま3人の米兵に拉致される。男性は米兵に銃を向けられ抵抗できず、拉致された母子は2年後に、白骨死体で発見された。


同年10月、46歳の女性が道路で米兵2人に襲われそうになり、道路わきのがけ下に飛び降り大腿骨骨折。しかも骨折したまま追いかけてきた米兵にレイプされた。


同年10月、35歳の女性が外のトイレからの帰りに米兵2人にレイプされ、翌年男児を出産。


同年米軍野戦病院に収容された重症で身動きが出来ない日本人女性を、米軍のMPがレイプ。


1946年1月、草刈中の23歳の女性が米兵に森の中に拉致され、ナイフで頬を切られ、恐怖で動けない状態にされたままレイプされる。その後妊娠出産。


同年1月、同じく草刈中の19歳の女性がススキ林に連れ込まれてレイプされる。その後黒人との混血児を出産。


同年1月、この月から沖縄の女性たちに、非常に多くの白人と黒人の混血孤児が大量に生まれた。米軍の沖縄本島上陸から10ヶ月の事である。


同年3月、農作業中の30歳の女性が米兵3名に拉致されレイプされる。ちなみにこの被害者の姉は、前年、出産直後に寝ていたところを米兵に住居侵入され、危うく拉致されそうになったが、住民の騒ぎによって未遂に終わる。


同年7月、川に洗濯に出かけた34歳の女性が行方不明になり、8月に死体で発見される。口の中にボロきれが詰め込まれていた事と、住民の立ち入り禁止区域で発見された事から、間違いなく米兵のレイプ殺害と推定された。


同年8月、芋の積み込み作業をしていた24歳の女性が米兵に捕まり拉致されそうになり、抵抗したところ、ナイフで切りつけられ重傷を負う。米兵は逃走。


同年10月、農作業中の39歳の女性が米兵3名に山中に連れ込まれレイプされるが、米兵は基地内に逃走。


同年から1947年にかけて、支那満州など、海外から引き上げてきた日本人家族のキャンプに米兵が侵入。何度も繰り返しレイプされ、収容者のほとんどの女性を強姦した。中には自殺した女性も多く、親子母子で、レイプされたケースも多かった。


1967年3月、大勢で農作業をしていた女性が、3名の米兵に襲われ、逃げ遅れた1人の女性が拉致されレイプされた。


同年5月、34歳の女性が所用で出かけている途中に米兵に拉致され浜辺でレイプされる。


同年8月、自宅に帰宅した24歳の女性が、潜んでいたフィリピン人兵士にレイプされそうになり、抵抗したところをナイフで刺殺される。その兵士は、死後の女性の体を犯した。


同年9月、28歳の女性、自宅に拳銃を持った米兵が進入した為、一度慌てて逃げるが、生後6ヶ月の子供を連れ戻しに戻ったところを畑に引きずり込まれレイプされながら頭部を拳銃で強打され、死亡。


同年10月、畑を開墾作業していた42歳の女性が、フィリピン兵らにレイプされる。


1948年7月、高校の寄宿舎が台風で破壊した為、民家に下宿していた女子高生が、家主の知り合いの米兵にレイプされる。助けようとした家主は、米兵にナイフで切られ死亡。


同年8月、フィリピン兵士の集団に、女性が拉致される。救出に向かった地元の日本人男性2名のうち、1人は殺され、1人は重傷を負った。


この頃米兵は、基地の周りの民家に、昼夜現れ、女性を物色し、昼夜を問わず、公然と日本人女性を拉致し、レイプするという習慣が蔓延していた。


同年9月、なんと、生後9ヶ月の赤ちゃんが米兵にレイプされ、膣の破裂や、出血、ショック症状で赤ちゃんは死亡。


同年9月、アメリカの【タイム誌】に、日本の混血孤児人口は450人、(那覇94人、前原50人、コザ73人などを含む)と発表。1949年11月号で、沖縄に駐在している米兵は、才能のない者や、のけ者の掃き溜めであると掲載。沖縄に駐留して半年でアメリカ軍人は、数十件の性犯罪を犯したと掲載した。


同年12月、米軍部隊の基地でメイドとして働いていた17歳の女性が、兵隊宿舎で米兵にレイプされる。翌年混血児を出産。


1950年2月、那覇市内で芝居帰りの2人の女性が米兵に銃を突きつけられ脅され、1人の女性は6人の米兵に、もう1人の女性は8人の米兵に、合計14人の米軍兵士に2人の日本人女性がレイプ強姦された。


同年7月、民家にフィリピン人兵士が侵入し銃を乱射。恐怖に震える主婦を捕まえレイプ。深夜11時頃から朝方まで数十回に渡って強姦され続け、その後主婦は自殺。


戦後6年間に発生したレイプ強姦事件は報告された事例だけで278件。


1952年3月、民家に米兵がCIDと偽って入り込み、21歳の女性をレイプ強姦。さらに1時間後に引き返してきて逃げ回る女性を殴りつけ、再び強姦する。米兵はエンジニア部隊所属。



1955年9月、永山由美子ちゃん6歳が、嘉手納高射砲隊所属の米兵に拉致され、レイプ強姦された上、惨殺される。



同年9月、9歳の少女が就寝中に海兵隊所属の一等兵にレイプ強姦拉致され、重傷を負う。



1956年9月、特飲街でホステスが海兵隊伍長に惨殺される。変態性欲者の犯罪といわれる。



1959年3月、20歳のハウスメイドが那覇航空隊近くで一等兵にレイプ強姦される。



同年10月、22歳のホステスが米兵にレイプ強姦、絞殺される。死体は全裸で発見される。



1961年7月、47歳のホステスが部隊を脱走した19歳の海兵隊員によって殺される。



1963年7月、22歳のホステスが那覇航空隊所属の上等兵に惨殺される。ふられた腹いせによるもの。



同年10月、20歳のホステスが、キャンプ・シュワーブ所属の米兵2人に野原に引き出されて強姦される。犯人はMPに現行犯逮捕される。



1965年1月、28歳の女性のホステス、自宅で殺害される。米兵が容疑者として、取り調べを受ける。



1966年7月、 勤め先から帰宅途中の31歳のホステスが、米兵にレイプ強姦、殺害され、全裸死体となって下水溝で発見される。



1967年1月、32歳のホステスが18歳の海兵隊員によってレイプ絞殺され、全裸で発見される。



同年4月、34歳のホステスが米兵にレイプ強姦、絞殺される。



同年11月、20歳のホステスが、自宅で就寝中に米兵にハンマーで頭を殴られ死亡。ふられた腹いせ。



1968年3月、浦添村の米軍施設内に努めていた35歳のメイドが同施設内に勤務する米人女教師に殺される。恋愛の被害妄想によるもの。



同年5月、52歳の主婦、自宅前の路上でミサイル基地所属の上等兵に強姦、殺害される。


この頃、ベトナム戦争からの帰還兵による【強盗】【レイプ】【殺し】が続発。この頃の米兵相手のバーなどでは、女性が一人でトイレに行くのは自殺行為だと言われ、必ず男性ガードマンの付き添いが必要であった。


同年6月、23歳のホステスが海兵隊MPにレイプされる。その後短銃で殴りつけられ、女性は重態。以後、回復せず。


1969年2月、21歳のホステス、砲兵連隊所属の2等兵にレイプされながら絞殺されレイプ中に死亡し全裸遺体となって発見。


同年3月、20歳のホステスが水死体で発見される。司法解剖の結果、米兵がレイプしたことが発覚。レイプされて殺されたと断定。


同年11月、アルバイト帰りの25歳の女性が上等兵にレイプされる。激しい抵抗をする女性を何度も切りつけ、犯しながら切り付けることを繰し、重傷。


1970年5月、21歳の米軍雇用の基地に職を持つ女性が米兵にレイプされる。


同年5月、下校途中の女子高生が、アメリカ軍軍曹に襲われ、抵抗する高校生の子供を腹部、頭部などをめった刺しにされる。レイプしようとして抵抗され、言う事を聞かそうと全身をナイフで刺しまくり殺した。


同年、早朝7時頃の女子高生が、登校中に突然ジープに乗った上半身裸の3人の米兵にジープで引きずられ、全身を擦り剥き重傷。


同年、バーを経営していた女性が、客の米兵に突然カウンター内に入り込まれレイプされる。その際に、動けないように押さえ込まれるなどして、足と首に大けがを負う。


1971年4月、22歳の女性ホステスの全裸死体が墓地で見つかる。目撃者がおり、米軍の伍長が逮捕されたものの、証拠不十分で無罪。血液型が被害者と同じだった事と、やはり地位協定のパワーバランスにより敗北。


同年5月、41歳の女性がレイプされ、ドライバーで刺殺される。


同年同じく5月、コザ市で女子中学生の子供が米兵にレイプされる。被害者本人の証言だが犯人は見つからず。


さらに同年同じく5月、出勤途中のホステスが空き家に連れ込まれ米兵にレイプされる。


同年7月、自宅前で遊んでいた12歳の女の子の知的障害児を3人の米兵がレイプ強姦。


1972年4月、米兵が25歳のホステスをレイプし殺害。排水溝に投げ捨てる。


同年8月、37歳のホステスが2等兵によってレイプされ絞殺される。


同年12月、22歳のサウナで働く女性を、米兵がレイプし、下着の紐で絞殺する。


1973年3月、42歳のホステスが全裸の強姦絞殺死体で発見される。第2兵たん所属の兵隊を血液型指紋が一致するが、物的証拠もなく、本国に帰国する。


これまでの性犯罪のほとんどは、犯人の米兵は逮捕されずに本国へ帰国している。


1974年5月、叔父と一緒に農道を歩いていた17歳の少女が、米少年兵3人に全裸にされ、レイプしまわされる。叔父が殴られ意識不明になっていたときに犯行に及ぶ。


1975年4月、海水浴をしていた2人の女の子を、キャンプ・ハンセン所属の2等兵が、石で頭部を殴って気絶させ、意識もうろうとした状態にさせてレイプ。


1982年8月、33歳のホステスが、新築工事中の家の部屋で上等兵に絞殺される。レイプしようとしたところを抵抗された為。


1984年9月、19歳の米軍の一等兵女性が2人の米国兵士にレイプされ、車ごと焼かれて死亡。


1985年10月、40歳の女性が帰宅途中、キャンプハンセン所属の2人の兵士に拉致され、レイプ強姦される。


1993年5月、19歳の女性が陸軍軍曹に拉致されレイプされる。


1995年5月、24歳の保険外交員女性が米兵にレイプされた後、ハンマーで顔面を殴られ、死亡。


同年9月、米兵3人が、小学生の女の子(子供)を拉致し、車中で粘着テープで口を押さえ込み、手足を縛り、集団でレイプ強姦。子供は性器と肛門を破壊され重態。当然日米地位協定により、犯行に及んだ3名の米兵は起訴できず。その後本国へ帰国し、今でも何食わぬ顔で生活している。


1995年以降も、毎年少なくとも数件の拉致強姦はもちろん、数十件の窃盗や強盗、飲酒による危険運転のすえの事故や、無賃乗車、ドラッグによる危険運転で、民家や公共施設の破損、公共施設内での女性の盗撮、タクシーの恐喝、取り締まりの警官への暴行、酒屋への不法侵入、住宅侵入、車輌窃盗など、ありとあらゆる犯罪を犯している。



しかしいやまあすごいわ。


いかにも白人らしい内容の性犯罪がずらりと並んでいる。

誠に残念なことに日本人は、GHQ政策と、日教組と、戦後左翼の作った、歪んだ歴史教育によって、自虐史観と自虐的思考を徹底的に植えつけられてしまった。
その為、本来、『他人の気持ちを考えて行動しよう!』という、ごく当たり前の倫理的思考に加えて、『他国の気持ちを考えて行動すべき』という、根本的に実は必要のない概念を植えつけられたことによって、これらの米兵の犯罪が報道されず、報道されても問題認識が甘く、自分の事ではないことも含め、沖縄で起きている現実を、何か他国で起きているかのごとく、感じてしまっている。
どこの国の事であっても、『他人の気持ちを考える』とことは、基本的な人間の倫理であるが、『他国』の気持ちなど、国に心があるわけではないし、国そのものに倫理を当てはめる考えは世界にはなく、そこにあるのは倫理ではなく宗教だから、他国の気持ちを考える・・・と言う事は実際には存在しない理念なのだ。
しかし日本の教科書は、【他国】という実体のない人間を作り出し、悪いことをしたと自虐的に思わせ、日本人の子供を操作してしまった。

もちろん反日プロパガンダの手先である朝日新聞を筆頭にしたマスコミも、昔はまったく米兵の悪行を報道しなかったから、沖縄で起きている米兵の恐ろしいまでの性犯罪も、事件も、日本の国民は知らない事ばかりであったのだ。



一方で、日米地位協定によって今この時にも日本の本土で行なわれているアメリカ人兵士犯罪者の保護。
この日本人を踏みにじるアメリカ人の差別意識は、彼ら白人の血に脈々と流れている殺戮人種の遺伝子が、日本で好きなだけ横暴に大暴れする殺人的遺伝子となって現れている。
事件を繰り返し、レイプを繰り返す。
大人の女性だけがターゲットではない。
アメリカ人の下では、生後9ヶ月の女の子までが強姦されるのだ。
考えられるだろうか。
生後9ヶ月である。
よく性欲などを感じるものだ。
そんなアメリカ人兵士は、どのような精神構造なのだろう。
死んで償ってもらっても、死後もその兵士の汚れが日本の国土から取れない気がする。



そのアメリカ人に形だけ、守ってもらっていると言う『テイ』になっている日米安全保障条約
アメリカ人は日本人の為に、日本の国の為に、死んではくれませんよ。
万が一、最初は軍の命令で日本の為に支那や朝鮮と戦闘しても、すぐにアメリカ国内の世論が、他国の島国の為に、アメリカ人の、白人の血を流すなどと言う事は許せないと、大反対の方向へ進むことになるでしょう。
そして政治判断で突然、安保の破棄になる。
すると、それまでアメリカの傘に入っていたから責めてこなかった近隣の悪の枢軸国家ら、支那朝鮮半島2国、ロシア、などが、死ぬ物狂いで日本を攻めてくる。


自衛隊は早く日本軍となる必要がある。

戦闘能力を隠さず、実は支那よりもはるかに戦闘、戦争能力の高い軍であると、世界に知らせる時期に来ている。



私だって戦争なんか嫌だ。

しかし、世界はそういう国しか存在していないのだ。

どの国も、隙あらば、日本を破壊しにやってくる。


自分の国は、自分たちで守らねばならないのが、本当なのだ。