いじわる

意地の悪い人にはなりたくない。

しかし意地悪な人は多い。意地悪は人の心の闇に隠れ、時々顔を出し本来必要のない攻撃を始める。

当事者は自分でも気付かないうちに意地悪を始めていることも多い。

言う必要のない言葉をわざわざ選び、相手が気分が悪くなるような言葉の種類を見事に瞬時に選び出して声にする。

そしてその言葉によって相手の受けた衝撃を観察し、ざま〜みろという心境で、ちょっと上目遣いで相手の顔を眺めたりする。

夫婦でも会社でもどこでもそういうことの好きな人がいる。
意地悪なことが好きな人だ。

意地悪な言葉を得意とする人。

ツイッターはやったことないのでわからないが、フォローしている人は、無茶に攻撃していたりするのを見ると、日常でよっぽど溜まっているストレスと、思い通りにならない自分の人生のはけ口にして、泥まみれの言葉を発している人ばかりな気がする。


言わなくてもいい言葉、言えば人が不快になる言葉、言えば人が傷つく言葉を、相手をまったく思いやる気持ちなどないで言う時、人は悪魔のようだ。



このような私の日記でも、巷のノンフィクションでも、ツイッターでもフェイスブックでも、わざわざ言わなくてもいい言葉、むしろ言わないほうが良い言葉、を、偽名で発する。顔を突合せては言えないのだろう。


夫婦でも多いのが、相手への無茶な攻撃的言葉を発する意地悪。


何気ない客観的な日常会話を発した相手に、言う必要のない言葉をわざわざ選んで口頭攻撃する。


依存心の高い人に多い。


自分で誰よりも先に行動する人は、人のせいにしないで依存しないので、人に無駄に攻撃する余裕も時間も意識もないことが多いが、依存している人間は、依存先の相手に対して、自分の思い通りではないことを見つけ出し、攻撃の隙をうかがう。

隙を見つけたとたん、我慢できなくなり、攻撃的に意地悪を言えばすっきりすると考えてしまう。

そういう言動が世の中に溢れかえっている。



自分も気をつけようと思う。