僕のりさちゃん

愛妻のりさちゃんは高校の同級生。同じクラスの隣の席。
私は当時、学校へ行く前に早朝4時半に起き、5時から7時半まで朝練習を行ってから学校へ行っていたし、夜も5時から10時くらいまでは練習で、その後に夕食や風呂、自分のちょっとした時間を過ごしていた為、寝るのは夜中1時くらいだったから、睡眠時間は3時間〜4時間くらいだった。
そんな生活だったから、学校へ行き、教室に着くと一番最初にすることは、自分の机に上半身すべてを張り付かせて眠る事だった。
1時間目の授業が始まっても、起こさない先生も多く、時には目が覚めたとき、昼食の時間だったことがあるほどだ。
高校に入学した当時の英語のテストが、学年で一番だったことがあるのに、授業をほとんど寝て過ごしたおかげで、授業の内容がほとんど理解不能になっていった。
ある期末テストで、数学のテストで、ついに100点満点中、35点という点数を取るに至った私は、こらいかんと思い奮起。・・・・・したものの、水泳の練習は相変わらず変らない。従って、眠いことも変りはない。そこで私は、隣の席の石原まり子似だった綺麗だけど天然ぽい女の子に相談を持ちかけた。
「あのさあ、たけうちぃ〜、授業の内容、ノートとってくんない??」
と、贅沢なお願いをすると、「うん、いいよ」と快く返事をくれた。
それから私は、ノビノビと授業を睡眠し、テスト前になると、綺麗な字でびっしりと書かれたノートを見ながら、テスト勉強した。そのおかげで、結果的に彼女より優秀な成績だった。(笑)
私は練習が月曜休みだったので、月曜日授業が終わると帰り道、いつも妻の自転車の後ろに二人乗りして駅へ向かった。自然に茶がかった彼女の髪が風に靡いていい香りがする。彼女のお腹に手を回して走る自転車。私達は恋人同士ではなかったが、月曜日の彼女は、私の為に帰りの時間をくれた。電車も一緒に乗り、喫茶店で二人で過ごした事もあった。制服のまま銀座を散歩して、また電車で帰った。不思議な時間だった。お互い別に恋人がいた。月曜日以外の日でも、授業が終わったタイミングで私が、「いこうぜ」というと、「ちょっとまってて。」と言い、彼に一緒に帰れなくなったと言いに行く。彼女が戻ってくると、彼の目の前を通り過ぎて、私と歩く。「大丈夫なの?」と聞いたこともある。すると決まって彼女は、「うん」とうなずいた。なぜかわからなかったが、お互いとても大切な相手であることは間違いなくなっていた。私は当時の恋人とデートしている時も、自転車を漕ぐ彼女の、さらりと靡く後ろ髪を思い出していた。自然に茶がかった綺麗な髪。髪の先端は色素が少なく、輝く黄金色だった。
高校を卒業して、彼女が勤めた先によく会いにいった。どんな時間に会いに行っても、休憩時間を調整して、喫茶店などで二人で過ごした。時々私は当時の恋人を連れて、彼女の職場に買い物に行った。そうすると、3人で喫茶店で過ごしたり、ランチを共にした。お互い恋人がいた。それでも買い物があるとき、会いたくなったとき、彼女の職場に行った。お互い自分のお付き合いの相手より、私達の方が大切な相手だった。きっと当時、思いをぶつけて、この関係が壊れてしまう事が怖かったのだと思う。きっと何より誰より大切な相手だったのだと思う。こういうことって世の中にあったんだと、それから何年もしてから気付いた。若い頃の私は、本当の女性を知らなかったと思う。それは今になってわかること。けど、大切にしてきた関係だから、なかなか会えない時でも忘れたことはなかった。あの頃と何も変らないまま、大切にしていた相手だった。
しかしなぜだろう・・・・・。すぐに結論までほしくなる若い時代に、そっと大事にしておける一番好きな人がいた。一番私が我慢できないあの年代に、どうして大切にできたのだろう。不思議だ。運命としか思えない。

5人の子供を産み、子育てに終われる毎日なのに、ますます綺麗になっていく彼女。魔法みたい。