僕の[武内]

十数年前。

高校同級生の「竹男」の結婚式の招待状が届いた。

先のブログにも書いたが、彼とは強烈な思い出のある友人だ。

しかし、それまで訳あって、しばらく同級生との交流が途絶えていた事もあり、久しぶりにみんなに会える事を喜ぶ自分と、みんなに会うことがなぜか少し怖い自分がいて、また、その時少し離れた場所に住んでいたこともあって、返信の「出席」欄に丸を付けられないまま、時間が過ぎていた。

式の一週間ほど前だったろうか、同級生から電話がかかってきた。

「すみよし〜どうするの〜?これないの〜?」
と聞く同級生に、
「う〜ん、そうだなあ〜」
と中途半端な返事をした。

しかし、他でもない竹男の結婚式に出席を躊躇する私を不思議に思ったのか、一撃の一言を聞くことになる。


「あんた、「りさ」も来るんだよ〜!それでも来ないの??」


その一言ですべてが決定。

『行く〜〜!!』

式場のホテルを予約し、車で向かう。

「りさ」とは私の妻の事。

旧姓は武内。

当時、高校を卒業して大学時代まで、彼女の職場に会いに行き、なんと、当時の私の恋人を連れて会いに行ったりしていたほど。

しかし私が仕事をするようになってから、なかなか会えなくなり、数年の歳月が過ぎていた。

式場へ向かう東名高速道路。高速を走る車の中で私は、久しぶりに武内に会える事を思うと、気持ちが高ぶり、ハンドルを握る手が汗で滑る。

馬鹿馬鹿しい話だが、数年ぶりに武内に会うことに、心底緊張していた。

東京インターを出て、首都高速に入るころには、心臓がドキドキしていて、耳に聞こえるほどだった。

当時乗っていた「レジェンドクーペ」のハンドルはオールレザーだった為、汗で滑る。
余計に緊張する。

しかも、首都高の渋滞があって、式に30分ほど遅れてしまった。

会場に入るなり自分の席に着いたが武内がいない。

会場を見渡すがなかなか見つからない。
(もしかして出席していないのだろうか・・・・)
と不安になった時だった。

対角線上の正反対の場所にあるテーブルで、一人の女性が立ち上がって私を見ている。

(いた!武内だ!)

髪をアップにまとめ、眉が少し細くなった武内がいた。

彼女はキョロキョロとあたりを探す私を見つけ、立ち上がって私が気がつくように、少しだけ右手を上げ、私の目線に合わせて体を動かしてくれていた。

私達は手で合図する事もなく、【あ・うん】の呼吸を一瞬にして取り戻した。

高校時代から10年以上の歳月が経っていたが、一度目が合うと、互いがどうしたいのかが、すぐに理解できた。

(俺がそっちへ行くから)

それが私の心の合図だった。

武内は自分の隣の席の同級生に、住吉と席を替わってくれないかと、すでに準備をしていた。

その同級生の女性も、私が来たのならと、すぐに席を移動してくれた。


隣に座る私に、「よくきたじゃん」と武内が声をかけてくれた。
まだまだ久しぶりで緊張している私だったが、「いや、武内が来るって言うからさあ・・・・」と答える。
私なりに勇気を出して言った言葉だった。
彼女はそれに対しては答えなかったが、その私の言葉ですべてを理解したのだと思う。



メインの竹男のことより、私が武内に会いたがっているであろう事や、武内も同じであろう事は、式に参加しているクラスメイトは全員理解していた。

2次会の会場でカラオケでみんなが盛り上がっている時も、ソファーの端っこで、私と武内は並んで座り、会っていなかった数年間の積もる話をしていた。

カラオケのマイクの声で、互いの声が聞き取りづらく、交互に互いの耳元で話をする。

すると武内の髪の香りがする。

昔と変らぬ甘い香り。

同じように透き通るような香りだった。


私達の担任である「宇田川先生」が先に帰ることになり、駅まで送る事になった。

私は武内の目を見て、

(一緒に外へ出よう。先生を送ろう。)

と心で話しかける。

互いに立ち上がり、私と武内の二人で先生を送る事になった。

宇田川先生を送る道すがら、先生が私と武内に話しかけてきた。

「俺はなあ〜、住吉と武内はもうとっくに結婚していると思っていたんだよ〜。なぜ一緒にならないんだ?」

唐突な先生の言葉だったが、同感だった。

きっと武内も同じ気持ちだったはずだ。

「ねえ〜、なんででしょうねえ〜」

と私が答えると、武内がすかさず、

「何言ってるんですか〜せんせ〜。住吉は別に私のことなんとも思ってないですもん〜」と言う。

「何言ってんだよ〜それはそっちだろう?」と私。

そんな会話を聞きながら、先生が言った。

「ほらな。おまえら昔からピッタリなのにな。先生はお前達が結婚したらうれしいよ」と、目の覚めるコメントを言った。

そんな会話の間中、また私は緊張していた。
先生を送り、2次会の会場へ戻る道。
私にとって数年の空白は大きかった。緊張して言葉が出ない。
何しろ、高校時代の彼女も美しかったが、今の彼女はとびきりの美女なのだ。香水の香りじゃないのに、なぜいい匂いがするんだろう・・・。そんなアホなこと考えながら無言で歩く。

高校時代に自転車で一緒に帰ったあの距離感より、少し離れた距離感で歩いた。

2次会会場のカラオケボックスの下に差しかかったときだった。武内が突然私の左手の手のひらをつかみ、こう言ったのだ。
「もう!すみよし!勇気ないんだから!!手繋ぎたいんでしょ!!」
彼女の手を握った瞬間、私の箍が外れた。

そのまま武内を引き寄せ、強く抱きしめた。

自分に恋人がいなかったこともその力を強める要因だった。

強く、強く彼女の肩や背中を抱き寄せる。

その力に負けないように武内が私を抱き返す。

互いに強く抱きしめ合う私達は、もう離さない、もう今しかない、もうきっと時間がなくなる・・・・、そんな気持ちだった。

ここしかない、今しかないって思ったのだ。

自然に溢れる互いの涙。

なぜこれ程までに愛しているのに、なぜこんなに時間がかかったのだろう。

今でもその答えはわからないが、凄く遠回りをしたようで、実は私達には必要な時間だったのかもしれない。

愛とは与える事。恩師に教わった言葉が脳裏によみがえる。

武内には何も求めない。俺が武内に出来る事も出来ないかもしれない事も出来るようになって与え続けたい。何でもしてやりたい。彼女が他に好きな人が出来てもかまわない。それでも彼女に与え続けていたい。そんな気持ちがグルグルと頭の中で廻る。

私達の今日(こんにち)の大きな節目だった。

夫婦の馴れ初めは秘め事かもしれないが、私はあまり隠さない。後輩や部下、友人に、知ってもらう事は悪い事じゃない気がするからだ。そして、自分達の何かの小さな教訓に、きっとなる事もあるって思うから。





りさちゃんは何も欲しがらない妻だ。

服が欲しいとも言わない。

バッグが欲しいとも言わない。

おいしいものが食べたいとも言わない。

旅行へ行きたいとも言わない。

私に何してこれして、何が欲しいと、一切言わない妻。

ただわかるのは、私に愛されていたいって、それだけは感じる。


私は欲しいものだらけ。シャネルの腕時計や、自転車、フェラガモの新しい靴とかフェアレディーZに乗りたいとか。散々行ったハワイにも、もっともっと行きたい。温泉につかってのんびりしたいとか。
おまけにりさちゃんに愛されていたい。




実は、我が家で一番経費のかかる男は私なのです。