ババロア

小学校2年生の夏の事。
学校から帰り、「おかあさ〜ん!おやつぅ〜〜!!」と、ランドセルを玄関先に投げ捨て、台所にいるお袋のそばに行った。
当時の我が家のおやつは、代表的な所では【トマト】。味の素をサラサラっとかけながら食べる冷えたトマトは、私の大好物だった。
台所の流しに顔を突き出して、真っ赤に熟れたトマトにかぶりついた。
しかし、その日のおやつは違った。お袋が自慢げに冷蔵庫を開けると、なにやら薄いグリーンのボウルに、白い牛乳寒(牛乳で作られた寒天)のような物がある。お袋がニコニコしながら取り出したボウル
は、良く冷えていて、取り出すとすぐに水滴が付いた。
「あんた、これおいしいでえ〜!食べてみなあ〜〜〜!」
と、お袋が言う。
お皿にひっくり返したぷっちんプリンみたいになっていればいいものを、中途半端に固まり気味のその物体は一体なんだろう。
「これなあに?」
と私は聞くとお袋は、「あんた、すごいら〜!これ、ババロアだでえ〜!」
ババロア・・・・。)
ババロアって、ケーキで時々なんか見たことあったような気もするが、よく知らないデザート。
でも、なんか少し高級そうに思えて、このまま食べていいの〜?と聞くと、お袋は、まだ冷蔵庫に沢山あるから、このボウルの分、全部食べていいという。
お腹がすいていた私は、カレーの時に使う大きめのスプーンでゴソッとひとすくいを口に入れた。

信じられないくらいにマズイ。

ただの牛乳に、バナナがぶつ切りされて入っている。

まったく味がない。
というより、生臭い。

たった一口を飲み込むことも出来ない程のまずさ。すぐに台所に吐き出した。
せっかく作ったババロアを吐き出されたお袋が怒る。
「ちょっと〜!なにやってるだい!もったいない!」
とにかくお袋に、ちょっと食べて見てくれと頼んだ。食えないんだと。食べてみればわかると。
自分の力作を一口味わうお袋。
しかし、意外な一言。
「べつにおいしいじゃん!砂糖入れ忘れたね・・・。」
と言い、おもむろにすでに出来上がっているババロアに後付けで砂糖を振り掛ける。

で、案の定、「はいよ!ほらっ!食べなさい!」
「いらない」
「ダメ!食べなさい!せっかく作ったんだから!」
「いらない。まずいもん」
「なにいってんの!食べなさい!あんた、お父さんに言うで!」
(・・・・・・。)
この頃のお袋は、何かあると親父を引き合いに出す。親父は超スパルタだったので、子供の私は親父の張り手や、竹刀打ちを恐れて、言いなりになってしまう。

目をつぶって食べてみる。砂糖の甘さは確かにあるが、はっきり言って物凄くまずい。
吐き気がする。
涙を流しながら、無理して口に運ぶたび、えずいてしまう。
「おえっ〜〜!」
えずく私をみて、お袋はさらに怒る。
「なんでそんなになるだい!わざとやってるだら!」

我が両親。昔は本当に人間ができていなかったんだろうなあ。
自分が作った究極にまずいババロアを、どうしても私に食べさせなければ気がすまないという、目的をすでに失った母親のおやつ攻撃に、私は悶絶。
ボウルの中身を半分くらい食べた時、物凄い勢いですべてを吐いた。
スローモーションのように流れる時間。
飛び散る胃酸まみれのこなれたババロア。お袋の悲鳴。浮き出る眉間の血管。すべてが鮮明に、私の記憶に残っている。
そしてそのまま私は寝込んだ。
寝込んだと同時に風邪をひき、こじらせ、1週間ほど寝込んだ。
高熱を出して寝込んでいる間、私の頭の中は、あの恐怖のババロアの映像と味だけが渦巻いていた。
43歳になった今でも、白い系統のプリンみたいなデザートや、牛乳寒などは、一切食べれない。
完全にトラウマだ。
しかし、ババロアってばばろあ〜〜って全部吐き出したくなるような名前だよなあ。