サンタクロース

私は、クリスマスイブにお洒落なレストランで食事して、ホテルに泊まる・・・・なんていう経験がない。
私が大学生の頃世の中はバブルで、渋谷なんかに行くと、カラフルなスーツ着た若い兄ちゃんが、トヨタスープラかなんか乗って、ボディコン着たねえちゃん乗せて走り去って行く光景を見たりした。
あんなバブルの頃であっても、渋谷や六本木のかっこいい兄ちゃんや、ねえちゃん達の姿は、私たちアマチュアスポーツ選手にはまったく異次元で、関係ない世界だった。
特にクリスマスなどは、ちょうど選抜合宿の時期だったし、クリスマスだからといって練習が休みだった事もないし。
水泳を引退して、水泳界から足を洗って、全然関係ない世界に住むようになってから、周りが「クリスマスの予定は??」と騒ぐのを聞いて、世間のクリスマスを知るようになった。でも私は興味がなかった。



私のクリスマスは、小学校時代にその思い出のすべてが詰まっている。
何時からか、どこからか教わったサンタクロースの存在。
赤い服着て、真っ白なヒゲとトナカイのソリ。
毎年両親に、サンタさんには何をお願いするの?と聞かれ、「おもちゃ!」とか、「えんぴつ!」とか、抽象的なお願いをした記憶がある。
24日の夜、自分のベッドに入るとき、私は普段履いていた真っ白なハイソックスをベッドサイドに掛け、早く寝ないとサンタさんが通り過ぎちゃうよ!というお袋の言葉を信じ込んで、一生懸命目をつぶった。
毎年この日は、本当になかなか眠れない夜だった。
起きているのがサンタさんに知られたら、家を通り過ぎてしまう!という焦りがピークだった時、どこからかスズの音が聞こえた事があった。
「シャンシャンシャンシャン〜シャンシャンシャンシャン」
夜中におしっこしたくて目を覚ましてしまい、はっとクリスマスイブだった事を思い出し、トイレに行っている間にサンタさんが来てしまったらまずいと思った私は、そのまま睡眠。朝、世界地図を描いた事もあった。


毎年私にもサンタクロースが来た。
低学年の頃は、野球盤というおもちゃが来たこともある。他にもおもちゃが来たことはあったかもしれないが、我が家のサンタはほとんどがおもちゃではなかった。
電動エンピツ削り。
ノート。
筆箱。
エンピツ1ダース。など・・・・・。
でも、金色のコインチョコレートや、普段は見ないような綺麗なお菓子が必ず一緒に添えてあった。
このお菓子がとても楽しみだった。



中学一年のクリスマスまで、実は私はサンタの存在を75%くらい信じていた。
もしかして本当はサンタは存在しないのだろうか・・・・・。
でも、だったら毎年ベッドに置いてあるプレゼントは誰が・・・?
うちの両親と言う事だけはありえないはずだ。
あんな鬼みたいな人間が、サンタの振りしてるわけない・・・。
親元を離れて生活するまで、両親を恐ろしい鬼みたいに思っていた私は、サンタの正体が、自分の親だなんて、考えられなかった。
しかし中学一年のクリスマスイブの夜、おもむろに親父が細長いダンボールを出してきた。
「ほいっ!クリスマスプレゼントだぞっ!」
ギターだった。


私はそれほどギターが欲しかったわけではないが、瞬時にお袋の考えだな!と気づいた。お袋は、私が水泳選手の道を進むより、ピアノを中心とした、音楽の道に進ませたいと考えていたことを知っていたからである。ピアノの練習で、ものさしで腕を叩かれながら、ピアノの練習をしていた低学年の頃を思い出した。
私がギターを弾くようになったのは、この日の両親からのプレゼントがきっかけだ。感謝している。



しかし同時に私は、サンタクロースからのプレゼントは、当然別口で来ると思い込んでもいたのだ。
いつもの通り、学校へ履いていっている真っ白いハイソックスをベッドの脇に置いて寝る中学生。今思えば恥ずかしいほどの世間知らず。
しかし・・・・。
朝起きて、靴下を見たときに悟った。
そこには何もなかった。
金色に輝く金貨のチョコレートもなかった。
その日に初めて気がついたのだった。
私は枕元に靴下を置いて寝た事を恥じ、両親に見つからないようにタンスへしまい込んだ。
その年のクリスマスは、サンタが消え、両親がプレゼントをくれたが、同時に私の夢は終わった。



きっと少しばかり、何かのトラウマがあるのか、私は子供が出来てからというもの、クリスマスのサンタからのプレゼントは、徹底的に拘った。2年前まで長女もサンタの存在を信じていた。いや、正確に言えば、長女も中学時代は半信半疑だったのだろう。
5人の子供たちへのプレゼントは、一人3個くらいは普通に準備した。子供がクリスマス前に書く、サンタさんへの手紙。そこには欲しいものがぎっしり。いつもその手紙を、私がサンタさんに届けに行くのだ。
大きくなると欲しがる物も高額になる。毎回10万円は下らない。
3人同時にニンテンドウDSを用意した時はもっと大変だった。
DSのソフトだってバカにならない。4年前くらいだったか、20万円くらいかかった年もあった。
昨年のクリスマス、長女がサンタの正体に確信を持った。クリスマス前夜まで、必死に準備しているのは、当時中学3年生の長女には、いいかげん、わかったのだろう。
そして今年は、中学一年の長男が、サンタの正体を知った。
長女と長男のサンタクロース物語からの脱退で、私たち夫婦も少しトーンダウンしたかもしれない。
しかし、まだ3人の娘達が、サンタの存在を信じ込んでいる。
務めを果たさねばならない。
残った3人の子供の中で、下の2人はまだまだ小さい。幼稚園と2年生だ。
欲しがる物も幼稚で安価である。
今年の準備は少し楽だった。子供たちがサンタさんへお願いしたものも、今年は小ぶりで、どこにでもわりとあるものだった。
金額もたしか、5〜6万円くらいで納まった。

次の朝クリスマス!
子供たちは大騒ぎでプレゼントを開ける。

親としてはこんな光景が見たくて、大嫌いな会社に毎日通勤するというものよ。
そして、妻にもサプライズプレゼントを用意。
子供たちが落ち着いた頃を見計らって出してあげました。

長女と長男。

長女はサンタさん?にもらった服来て、彼とデートですって。
高校一年のくせに生意気な!

いってらっしゃいぃぃぃ〜〜〜〜・・・・・。


しかし考えてみれば、毎年毎年クリスマスも経費かかるなあ〜。
私は所詮サラリーマン。子供には何も残せない。こんなささやかな思い出くらいしか・・・・・。