冬の匂い
寒くなると、外は冬の匂いになる。
吹く風が、どこからか冬の匂いを運んでくるんだけれど、いつもその香りを嗅ぐと思い出す光景がある。
高校3年生の冬、学校の帰り、私は妻と電車に乗っていた。
学校が早く終わる土曜日。
春日部の駅から足立区に入り、草加を過ぎて、
いつも降りる駅の竹ノ塚をその日は通り過ぎる。
北千住を通り越し、そのまま電車は都心へ入る。
銀座が目的地。
妻は当時、時々モデルの仕事をしていた。
そのモデル事務所でレッスンがある。
私はその事務所のある階段の踊り場で時間を潰す。
レッスンが終わり、あわてて妻が事務所から一番最初に出てくる。
『ごめんね〜〜お待たせ〜〜』
二人でネオンの街を歩く駅までの道。
あたりは冬の匂いがしてきて、くっついて歩く妻の髪の香りと混ざる。
あの時の光景を、あの時の香りを、
冬の匂いがすると思い出す。
帰りの電車で、ドアに寄りかかり、
正面から見詰め合ってくっつく私たち二人を、
周りの大人が怪訝な顔をして見る。
視線が痛いことも、私たちは気にならなかった。
そして当時高校2年生の妻が、私に行った言葉を、
私は忘れられない。
その言葉は私にとって、
本当に衝撃的にあっけない素朴な言葉だったからだ。
青春を飾るような臭いセリフではなく、
ただ思っただけの、妻のつぶやきだった。
言葉の下手な、妻らしい一言。
妻:『いいもんだね』
私:「え?何が?」
妻:『今までこんな風にしているカップルとか見てるとさ、馬鹿じゃん!とか思ってたからさ・・・』
私:「・・・・。」
妻:『でも結構、いいかなって思ったの』
私:「そうだね」
公共の電車のドア付近で、
高校の制服着て、
正面から抱き合っている私たち二人。
高校時代に在った妻との小さな物語は、
後に私が出会った多くの人は知らない物語だ。
あのまま一緒に居られたら、
この今はあったのだろうか。
一度離れ、それぞれ傷を負って、
大人になって出会った私たちだから、
今があるのだろうか。
過ぎ行きていった若き日々が、
そのまま今も続きの物語となって、
今も私の目の前に居る。
私はあの頃と何も変らない。
今はきっと、『いいもんだね』とは言ってくれないだろう。
きっと、
『ちょっと〜!やめてよ〜〜!変態!』
と、きっとそう言われるだろうけど。
私は何も変わっていないんだなあ〜〜。
俺って馬鹿だなあ〜〜〜。